「英語が通じない」という初めての米ニューヨーク出張での絶望から27年。ポケトーク株式会社の代表執行役社長兼CEOの松田憲幸氏は、AI通訳機「POCKETALK(ポケトーク)」を世界に届け、累計出荷台数130万台を超えるメガヒットへと導きました。今、シリコンバレーを拠点に世界を股にかける松田氏の経営スタイルの根幹には、極めて数学的な思考と、泥臭いまでの「野球人」としての精神が共存しています。

1996年にソース(現ソースネクスト)を創業し、数々の革新的なソフトウェアで業界に風穴を開けてきましたが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。20代で味わった英会話詐欺、長年にわたる翻訳機開発への執念、そしてコロナ禍という未曾有の危機…。それらを乗り越える力を与えてくれたのは、中学・高校時代の過酷な野球部での経験であり、マウンドで培われた「逃げない心」だったと言います。

現在は企業経営の傍ら、私費でプロ野球の試合の冠スポンサーになり、始球式でマウンドに立つ活動を続けています。目標は12球団制覇。球速120kmを目指して鍛錬を続けています。

「人生の目的は、社会貢献度の総和を最大化すること」

そう断言し、独自の数式で人生を定義する松田氏の視座は、常に数十年先を見据えています。なぜ今、スマホではなく専用端末なのか。なぜ「電卓」を目指すのか。松田氏が歩んできた転機の数々と、その底流に流れる「自分軸」の正体について話を聞きました。(内田 勝治=ライター)

英会話詐欺とニューヨークでの絶望から得た「原体験」

――松田さんのキャリアの原点には「英語」への強い思いがあると感じますが、そもそもなぜ英語を学ぼうと思ったのでしょうか?

松田憲幸氏(以下、松田氏):実は、僕の英語との出合いは決してスマートなものではありませんでした。正直に言えば、始まりは「英会話学校の詐欺」に引っかかったことなんです(笑)。

 大学生の頃、「当選しました!」という1本の電話がかかってきました。今思えば典型的な詐欺の勧誘の手口だったのですが、当時は世間知らずで、ホイホイと話を聞きに行ってしまいました。

 そこでまず50万円のローンを組まされました。ところが、そのわずか1週間後、また別の詐欺に引っかかったんです。今度は100万円。こちらはレーザーディスクとパソコンを連動させるという、当時としては画期的なシステムで、プログラマーを目指していた私には非常に魅力的に映ったんです。結局、最初の50万円をクーリングオフして、100万円のローンに乗り換えたのですが、関西人として「元を取らなければ死んでも死にきれない」という強烈な執念が湧きましてね。それから毎日、その学校のフリートークルームに通い詰め、ネイティブと話し続けました。その3カ月後にはロサンゼルスへ1カ月のホームステイに飛び出していました。あの詐欺がなければ、今の私は間違いなく存在しません。

――その後、日本IBMへ入社されますが、そこでも英語の壁にぶつかったそうですね。

松田氏:IBMに入って1年3カ月後、念願のニューヨーク出張のチャンスをつかみました。当時はTOEICでも870点という、社内でも上位のスコアを持っていましたから、自信満々で乗り込んだんです。ところが、現地に着いた瞬間、その自信は粉々に砕け散りました。

 会議に出ても、何を言っているのか全く聞き取れないし、こちらが話す英語も全く通じない。コンピューターの知識も足りないし、金融用語も分からない。分からないことだらけの迷宮に放り込まれた気分でした。

 そこで痛感したのは、20歳を過ぎてから死ぬ気で勉強したところで、ネイティブのような完璧な聴解力を身につけるのはほぼ不可能だという現実です。まして、世の中には私ほど勉強に時間を割けない人がたくさんいる。日本人が世界で戦うためには、個人の努力に頼るのではなく、「翻訳機」という魔法の機械を作るしかない。この原体験こそが、後のポケトーク開発へと繋がる伏線となりました。

構想から16年…クラウドと通信の進化で誕生した理想の通訳機

――その後、1996年にソースネクストを起業。通訳機の開発に着手されました。

松田氏:2001年に、今のポケトークに近い構想で開発をスタートさせました。当時はまだGoogleも創業から数年、ディープラーニングなんて言葉も一般的ではない時代です。多大な予算を投じて試作を繰り返しましたが、翻訳精度は単語レベル。到底、実用に耐えうるものではありませんでした。社内からは「そんな無駄なプロジェクトは即刻止めろ」「社長を止めろ」という猛烈な批判が噴出し、結局、プロジェクトは一度断念せざるを得ませんでした。

 ただ、諦めたわけではありません。ずっとチャンスを伺っていました。転機となったのは、開発していた「スマート留守電」というサービスです。留守番電話っていちいち聞くのは面倒ですよね。相手からの音声をテキスト化してjメッセンジャーサービスなどで送るサービスでしたが、その過程で音声認識技術が飛躍的に向上していることを実感しました。

 ある時、CTO(最高技術責任者)から「これ、ウェブを使えば音声認識だけではなく、翻訳もいけますよ」という提案があったんです。実際にデモを見てみると、話した言葉がブラウザー上でスラスラと翻訳される。これだ!と思いました。グローバルSIMを使えば、世界中どこでも設定なしで繋がる。2001年には不可能だったことが、クラウドと通信の進化によって実現可能になったんです。こうして2017年、最初の構想から考えると16年、ニューヨークの原体験からは27年かかりましたが、ようやく形になった瞬間でした。

――発売当時、3万円を切る価格設定(2万9800円)も非常に話題になりました。

松田氏:価格こそが最大のブレークスルーだったと自負しています。どれほど優れた技術でも、価格が50万円もすれば誰も買いません。私は誰よりも店頭に立って製品を売ってきた経験がありますが、消費者に「3万円」という壁を越えてもらうのがどれほど大変かを知っています。

 さらにこだわったのは「買い切り」という体験です。スマホが普及した今でこそ月額課金が主流ですが、翻訳機を使いたい人がレジに来て、そこでさらに「通信契約が必要です」「クレジットカードを登録してください」と言われたら、10人中9人は帰ってしまうでしょう。だから、2万9800円を払えば、2年間どこでも使い放題。この「シンプルさ」と「値ごろ感」の両立がなければ、累計130万台という数字はあり得ませんでした。

「経営はマウンドと同じ」――投手の責任感が育てた不屈の精神力

――松田さんの経営スタイルの根幹には「野球」があると感じますが、ご自身の中での「野球人」としてのアイデンティティはどのようなものでしょうか。

松田氏:私は小学4年から高校1年まで、ずっとピッチャー一筋でした。中学ではエース。野球というスポーツは、ピッチャーが投げなければ試合が進みません。2死満塁、フルカウント。ここでストライクを投げられなければ負けるという極限のプレッシャー。あの責任感を少年時代に味わったことは、経営者としての最大の財産です。

 実は、私のコントロールが良いのは、中学時代の「野球を全然知らない監督」のおかげなんです(笑)。特別な技術指導は一切なし。ただ、「ピッチャーは人の倍走れ」という方でした。20周走れと言われたら、ピッチャーだけは40周。当時は「何だ、この練習は」と恨みましたが、そのおかげで下半身が強くなり、投球時に全くブレなくなりました。60歳を過ぎた今でも、プロ野球の試合の冠スポンサーになって、始球式のマウンドに立てるのは、あの時の貯金があるからです。

――大阪の進学校である北野高等学校時代、野球部を数カ月で辞められたというお話を伺いました。

松田氏:集合場所を間違えたという些細なミスで、同級生全員が連帯責任としてうさぎ跳びやランニングの罰を受けたんです。「自分のミスで他人が苦しむ」という理不尽さに耐えられなくなり、辞めてしまいました。

 ただ、これには後日談があります。44年後の同窓会で当時のキャプテンにその話をしたら、「誰もそんなこと覚えてないよ」と笑われたんです。私はずっと「みんなに申し訳ない」という罪悪感を抱えて生きてきたのですが、一瞬で解放されました。同時に思ったのは、あの時野球を辞めていたからこそ、肩を温存できたんだなと(笑)。もし続けていたら、間違いなく肩を壊して、今こうして始球式で投げることもできなかった。人生、何が幸いするか分かりませんね。

――「マウンドに立つ」という感覚は、今でも経営の中で生きていますか?

松田氏:もちろんです。例えば、上場企業の株主総会。議長席に座り、数千人の株主を前にするあの空気感は、完全にマウンドのそれと同じです。厳しい質問が飛んできたら、「よし、この質問は俺が直球で応えよう」とか、「これは少し難解だから、サード(担当役員)に打たせるのが最善だ」とか、頭の中で常に采配を振るっています(笑)。

 また、私は数字が大好きなんです。小学校の低学年からメモ帳を持ち歩き、友達との野球の成績をすべて手書きで統計にしていました。打率や防御率を計算するのがたまらなく楽しかったんです。今、経営数値を分析し、どこに投資をすれば業績が上がるかを考えるのは、その頃のデータ野球の延長線上にあります。野球がなければ、私の経営はもっと抽象的で、脆いものになっていたでしょう。

28歳で感じた危機感「能力があるのに平凡に甘んじるのはセルフィッシュ」

――28歳の時に大きな転機があったと伺いました。それまでの価値観が180度変わったそうですね。

松田氏:28歳までは、日本IBMでそこそこの給料をもらい、普通の家庭を持ち、平凡に生きていくことが一番の幸せだと思っていました。ところが、ある時急にスイッチが入った。「自分に能力があるのに、それを使わずに平凡に甘んじるのは、むしろセルフィッシュ(利己的)ではないか」という猛烈な危機感に襲われたんです。

 もし、自分がもっと稼いで、もっと大きな事業を作ることができれば、より多くの人を救えるし、社会を前進させることができる。そう考えた瞬間、日本IBMの安定も、これまでのライフプランもすべて捨てて起業する決意を固めました。

 例えば、今の私が全財産を寄付して引退したとします。それはそれで立派な貢献ですが、そのお金を事業に再投資して10倍に増やし、さらに優れた製品を世に出し続ければ、10年後、20年後の貢献度は比較にならないほど大きくなります。

 私は数学が大好きですから、人生を一つの最適化問題として捉えています。どのタイミングで、どのリソースを投入すれば、最終的なΣ(シグマ)※が最大になるか。それを考えると、今の私に「引退」という選択肢はありません。もっと稼ぎ、もっと貢献できる余地がある限り、私はマウンドを降りない。人生の目的は、社会貢献度の「総和」を最大化すること。この28歳で定めた軸は、30年以上経った今もブレていません。

※ギリシャ文字で、数学では「総和記号」として用いられる。

――松田さんの「マーケティング」の原点も、幼少期の経験にあるのでしょうか?

松田氏:小学6年時の担任だった坪内先生との出会いが大きいですね。先生は毎日生徒全員に日記を書かせていました。当時の私は非常に傲慢で、人の気持ちを考えない発言を繰り返していました。当然、クラスメイトからは「松田君にこんな酷いことを言われた」と日記に書かれるわけです。

 先生はその日記を通じて、私に「人の気持ちを考えるように」とひたすら叩き込んでくれました。当初は反発していましたが、次第に「どうすれば相手が喜ぶか」「この言葉を言ったら相手はどう思うか」を深く観察するようになりました。これが私のマーケティングの原体験です。製品を作る際も、「なぜ人は物を買うのか」「箱の前後を見て30秒で決断するのはなぜか」を徹底的に観察します。坪内先生に鍛えられた「他者への想像力」がなければ、ポケトークという製品は生まれていなかったでしょう。

スマホ全盛時代に、なぜ「電卓」のような安心感を目指すのか

――ポケトークは今後、どのような進化を遂げるのでしょうか?

松田氏:私が今、最も注目しているのは「電卓」です。1972年8月に発売された「カシオミニ」から50年以上経ち、スマホという完璧な代替品があるにも関わらず、電卓はいまだに世界で年間1億4000万台も売れ続けています。なぜか。それは「絶大な安心感」があるからです。一瞬で起動して、やりたい計算がすぐにできる。

 ポケトークの未来もそこにあると思っています。今、開発を進めているのは、インターネットに頼らず、オフラインでも完璧に動作し、かつ1万円を切るような「電卓としてのポケトーク」です。コモディティ化し、世界中の誰もが当たり前に持っているインフラになること。それが、私の「社会貢献度の最大化」における直近の大きなターゲットです。

――AIの進化により、スマホアプリでも十分だという声もあります。

松田氏:「Amazon」創業者のジェフ・ベゾス氏は、「今後10年で何が売れるかは分からないけれど、変わらないものが3つある」と話しています。同じ製品であれば安い方がいい、配達は1秒でも早い方がいい、そして選択肢は多い方がいい。これらは100年前も、100年後も変わらない人間の本質です。

 翻訳機も同じです。わざわざスマホを取り出し、ロックを解除し、アプリを探して起動する。その手間よりも、目の前の専用機をワンボタンで使う方が圧倒的に早いし、確実です。そして何より、専用端末ゆえの「信頼」がある。私たちは、この「変わらない本質」に全てのエネルギーと資本を投入していこうと考えています。

――最後に、これから転機を迎えようとしている人、あるいは挑戦を迷っている人へアドバイスをお願いします。

松田氏:とにかく「自分の中に軸を持て」と言いたいです。私の28歳の時のように、自分の人生をどう定義するか。何をもって「成功」とするかの論理づけを自分自身で行うこと。それができていれば、周りの雑音は気にならなくなります。

 お金を儲けることは、決して悪いことではありません。むしろ、それは社会に価値を提供した証であり、さらなる貢献のための原資です。ただし、お金儲けは死ぬほど難しい。だからこそ、自分の仕事が「好き」であること、そしてそこに「大義」があることが不可欠です。

 自分という物語の主人公は自分しかいません。誰かに言われた人生ではなく、自分が納得できる数式を描き、その最大化に向けて全力で腕を振ってください。私もまだまだ、この「経営」という名のマウンドで、全力投球を続けていく覚悟です。

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