かつて女子野球W杯でMVPに輝いた六角彩子氏。彼女が今、挑むのはゴムボール1つで楽しめる新競技。
2026年ユース五輪の正式種目「ベースボール5」が世界を席巻しつつある。
現役選手、かつ日本唯一の公認指導者として普及に奔走する彼女が描くスポーツの未来とは。

かつて女子野球ワールドカップでMVP(最優秀選手)に輝くなど、日本代表の連覇に大きく貢献した六角彩子(ろっかく・あやこ)氏。彼女は今、野球・ソフトボールを原型とする新しいアーバンスポーツ「Baseball5(ベースボール5)」の発展に心血を注いでいます。ゴムボール1つあればどこでも手軽に楽しめる5人制、5イニング制の競技で、2026年ダカール・ユース五輪では正式種目に採用。野球が五輪種目から除外され、競技人口そのものが減少の一途をたどる中、ベースボール5は世界中で急速に広まりつつあります。

六角氏は現役の日本代表選手として世界の頂点を目指す傍ら、日本で唯一のWBSC(世界野球ソフトボール連盟)公認インストラクターとして普及活動に勤しんでいます。女子野球の隆盛を築いてきた彼女が、なぜ今、既存の野球の枠を超えた活動に身を投じているのでしょうか。そして、この「手打ち野球」が日本の、さらに世界のスポーツ環境をどう変えていくのでしょうか。六角氏に話を聞きました。(内田 勝治=ライター)

「グラブを使わない」ベースボール5で磨かれた野球のセンス

――六角さんの現在の活動状況について教えてください。

六角彩子氏(以下、六角氏):女子野球とベースボール5の現役選手として、ベースボール5は日本代表でも活動しています。野球の練習が終わったら、そのままベースボール5の練習に入るような形なので、割合としてはちょうど半々という感覚ですね。

 実は、ベースボール5を始めてから、野球の守備が自分でも驚くほど上手になりました。ベースボール5は道具を必要としない競技です。グラブを使わないからこそ、ボールを最後までしっかり見るという意識付けが徹底されます。また、塁間が13メートルという非常に狭いスペースで戦うため、野球よりも一歩目の判断や瞬発的な動きが格段に多くなります。この特性が、野球に必要な瞬発力アップや、体力面での底上げに直結していると感じています。

 また、素手でボールを扱うことで、指先の感覚やボールの回転への理解が深まり、グラブをはめた時にもその感覚が生きてきます。これは現役の野球選手にこそ、オフシーズンのトレーニングとしてぜひ取り入れてほしいですね。

――野球を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

六角氏:兄が野球をやっていたので、面白そうだと思って始めたのがきっかけです。小学校4年生のとき、地元の茨城県にある日立リトルという硬式チームに入部しました。当時は女子選手が本当に珍しくて、私の周りには一人もいませんでした。チームではピッチャー、サード、ショートを任され、幸いレギュラーとして使ってもらっていました。

 中学では軟式野球部に入りましたが、男子の体が大きくなるにつれて、足の速さや肩の強さなど、成長速度の差を痛烈に感じました。「羨ましいな」と思う反面、ものすごく負けず嫌いだったので、誰よりも自主練習をしようと決めました。バットを振り込み、黙々と壁当てを繰り返す中で、「パワーで勝てなくても、技術と執念では絶対に負けない」という今のプレースタイルの原型が作られました。

 女子が一人だけという環境でしたが、技術を磨くことで男子と対等に渡り合えることを証明したかったんです。結果的に3番打者で試合に出場することができましたが、あの時期に培った「工夫する力」が、今の私の活動のすべてにおいて大きな財産になっています。

――高校進学において重視したポイントは?

六角氏:当時、女子野球部がある高校は全国に5校しかありませんでした。地元の茨城県にはなく、男子の部活に入る選択肢もありましたが、ルール上、公式戦に出ることはできません。それならば寮生活をしてでも女子の環境で頂点を目指したいと思い、埼玉栄高校に進学しました。

 部員は1学年20〜30人、全体で70人近い大所帯でしたが、そこで私は「日本一の選手になりたい」という具体的な目標を立てました。野球ノートには毎日「日本一練習する」「日本一道具を大切にする」といった誓いを書き、自身を律していました。高校3年間で春夏合わせて4度の全国優勝を経験しましたが、そこでの成功体験と、「自分で決めた道を正解にする」という覚悟が、後の日本代表入り、そしてワールドカップでの活躍へと繋がっていったと思っています。

2010年ベネズエラで見た「アスリートの幸せ」

――帝京平成大では理学療法士の資格を取得されました。

六角氏:ちょうど女子プロ野球が発足するタイミングだったのですが、両親からのアドバイスもあり、まずは大学を卒業して一生モノの武器を身につけようと考えました。何があっても女子野球には関わり続けたかったので、もし自分がケガをしてプレーできなくなっても、トレーナーとして選手を支える道がある理学療法士の資格を取得しました。

 国家資格を取得するために学んだ解剖学や神経の知識は、今の自分にとって大きな財産となっています。「どこを鍛えればどう動くか」「どの関節を意識すればパワーが伝わるか」が頭の中で理解できるので、練習の効率が全く違います。

 現在はベースボール5のインストラクターとして指導もしていますが、そこでもこの知識は生きています。「膝が痛い」という子がいたら、その場で身体の使い方をチェックしてアドバイスできる。現場で選手として動きながら、科学的な視点を持って指導もできる。このハイブリッドな立ち位置は、自分にしかできないことだと思っています。

――2010年の女子野球ワールドカップでMVPと首位打者を獲得した経験は、その後の人生にどう生きましたか?

六角氏:人生観が根底から変わりましたね。開催地のベネズエラは野球が国技です。女子の大会であってもスタジアムの入場に規制がかかるほどの超満員でした。地鳴りのような歓声と応援で、内野同士の指示すら聞こえない。その極限の状態でのプレーを通じて、「これほど多くの人に応援され、熱狂してもらうことがアスリートにとって一番の幸せなんだ」と肌で感じることができました。

 正直、MVPや首位打者という結果は、私の中ではおまけのようなものでした。それよりも、「日本でもこんな景色を作りたい」「女子野球をもっとメジャーにして、熱狂的な場所でプレーできる選手を増やしたい」という強い使命感が芽生えたことの方が、私にとっては重要でした。

 当時の日本は、女子野球がようやく少しずつ知られ始めた時期でもありました。あのベネズエラの風を体感した瞬間から、私は単なる「一選手」ではなく、競技の魅力を世の中に伝えていく「表現者」としての意識を強く持つようになりました。その思いは、今のベースボール5の普及活動にも100%受け継がれています。

――日本代表での経験が増すにつれ、どういったチームビルディングを意識しましたか?

六角氏:初出場の時は最年少だったので、先輩たちが整えてくれたのびのびとした環境に助けられました。だからこそ、自分が中堅、ベテランと立場が上がるにつれて、「下の子たちがどれだけ自分の力を100%発揮できるか」を最優先に考えるようになりました。

 日本代表として「負けられない」という重圧がある中で、いかにリラックスさせ、かつ戦う集団としての規律をどのように保つか。自分から積極的に話しかけ、一人ひとりの顔色を見て声をかけ続ける。そんな粘り強いコミュニケーションを意識してきました。

 女子野球は、多くの先輩たちが繋いできた歴史があります。今では女子高校野球の全国決勝が甲子園で行われたり、イチローさんと試合をしたりと、少しずつ花開きつつありますが、まだまだ競技を継続する選択肢が少なく、プレーを諦める子もいます。そうした子たちのために、もっと環境を良くしていきたいという思いは、現役を続ける今も変わりません。

野球の「常識」を覆すベースボール5の公平性

――「ベースボール5」という競技の最大の魅力について、野球との違いも踏まえて詳しく教えてください。

六角氏:2019年にベースボール5に出合った時の衝撃は忘れられません。何より素晴らしいのは、男女の力の差がほとんど出ない、究極の「公平性」です。野球はどうしても体格やパワーが結果を左右しますが、ベースボール5は違います。打球がフェンスを超えるとアウトになるんです。いかに戦略的に、頭を使って相手の隙を突く打球を打つか。これこそが醍醐味です。同じフィールドで男女が一緒になって、これほど対等に、真剣に戦えるベースボール型のスポーツがあるのかと感動しました。

 ルールも非常に合理的です。グラブもバットも必要なく、ボール1つでプレーできます。塁間13メートル、フィールド全体で18メートル四方と、野球でいえばバッテリー間の距離ほどのスペースがあれば、屋内でも屋外でも、あるいは都会のビルの合間でもできます。バッターが自分でトスして打つ「バッター主導」の競技なので、1試合が大体20分ほどで終わる。このスピード感と手軽さが、現代のスポーツシーンに非常にマッチしていると感じています。

――道具を多く必要とする野球より始めるハードルが低そうですね。

六角氏:驚くほど低いです。準備するものが何もないので、思い立ったらすぐに始められます。実際、小学校などの授業で体験会を開くと、野球をやったことがない女の子が一番、夢中になったりします。「バットに当たらない」という挫折がないんです。自分でトスして手のひらで打つので、誰でもすぐに「打つ」楽しさを味わえます。

 普及活動では保育園にも行きます。道具がないことが、逆に「誰でも参加できる」というバリアフリーな環境を生んでいます。現代は「空き地がない」「公園でボール遊びができない」という課題がありますが、ベースボール5なら体育館の一角で成立します。「野球は難しいけれど、ベースボール5ならできる」という子が一人でも増えることが、野球界全体の裾野を広げることになると信じています。

――海外での普及活動の中で、特に印象に残っているエピソードを教えてください。

六角氏:アジア大陸のインストラクターとしてサウジアラビアやタイに行きましたが、そこには日本の野球界が忘れてしまった「自由な熱狂」がありました。サウジアラビアでは、野球文化がまだ薄いからこそ、先入観なくベースボール5を「かっこいい最新スポーツ」として受け入れてくれます。

 音楽をガンガン鳴らし、DJが煽るスタジアムで、男女が懸命にボールを追いかける。宗教や文化の壁を超えて、スポーツ一つで心を通わせる。現地の人たちの目が本当にキラキラしているんです。日本は「野球が強すぎる」がゆえに、「野球ができるなら野球をやればいい」という固定観念が強い。でも、世界を見渡せば、野球はお金がかかるハードルの高いスポーツです。そこにベースボール5が入り込み、爆発的に普及している現状を目の当たりにして、私は「スポーツの未来はここにある」と確信しました。

世界一になることが最大の普及活動になる

――今後の目標と、日本代表として背負っているものについて教えてください。

六角氏:直近の最大の目標は、今年12月にプエルトリコで行われるワールドカップでの「世界一」です。日本はこれまで2大会連続で準優勝。あと一歩で頂点を逃しています。私は、日本代表が世界で勝つことこそが、一番の普及活動になると信じています。普及活動でどれだけ良さを伝えても、日本が世界で勝てない競技であれば、子供たちは憧れてくれません。「日本代表はかっこいい」という憧れの対象になること。それが普及への一番の近道なんです。

 また、Baseball5は今年10月にセネガルで行われるユースオリンピック(以下:Dakar2026)の正式種目になりました。私自身もIOC(国際オリンピック委員会)から、Dakar2026のアスリート・ロールモデル(ARM)として選出いただきました。ユースオリンピックは世界中の若いアスリートとつながり、経験を分かち合い、互いに学び合える特別な機会であり、このように刺激的で意義のある舞台に関われることを心から楽しみにしています。自分自身が成長し、競技に恩返しをし、若いアスリートの人生に前向きな影響をもたらす機会でもあると感じています。

――六角さんにとって、スポーツを続ける上での信念とは何でしょうか。

六角氏:私の座右の銘は「意志あるところに道がある」という言葉です。高校時代に地元を離れる選択をした時も、理学療法士の道を選んだ時も、そしてベースボール5という未知の競技に飛び込んだ時も、常に自分の意志で決めてきました。

 どの道が正解かなんて、進んでみなければわかりません。自分が進むと決めた道を、後から一生懸命努力して正解に変えていく。それが私の生き方です。ケガをしたり、壁にぶつかったりしたこともありましたが、一度もこの道を辞めたいと思ったことはありません。それは単に「スポーツが好き」という、子供の頃から変わらない純粋な気持ちがあるからです。自分が楽しんでプレーする姿を見せることで、周囲に元気を与えられたら最高ですね。

――自身の転機をもたらしてくれた人を挙げるとしたら誰になりますか?

六角氏:全日本女子野球連盟会長の山田博子さんです。埼玉栄高校3年時にカナダの女子野球チームと試合をする海外派遣プロジェクトに参加させていただいた時に初めてお会いしました。その時に海外に興味を持ちましたし、山田さんも英語が堪能で凄くカッコいいなと思いました。海外に興味を持ち、世界に目を向けるようになったのも、山田さんのおかげだと思っています。

――最後に、これからスポーツを志す若い世代へ、六角さんからメッセージをお願いします。

六角氏:私はもともと、新しい一歩を踏み出すのが苦手な、ごく普通の女の子でした。でも、野球を通じて世界を知り、自ら行動することで人生が劇的に変わりました。まずはやってみる。失敗してもいいから、飛び込んでみる。そうすれば、意外となんとかなるし、そこには想像もできなかったような楽しい世界が待っています。

 やりたいことをどんどんやってほしい。野球でもベースボール5でも、まずは楽しむことから始めてください。私も現役である限り、挑戦し続ける背中を見せたいと思っています。生涯スポーツとして、お母さんたちが気軽に集まってベースボール5を楽しむような、そんな明るい未来を切り拓いていきたいです。

TRENDING
TOP 10

A curated selection of our top 10 interviews, featuring thoughtful conversations with
leaders across industries. From defining moments and critical decisions to future
visions and strategies, each story offers valuable insights into how they think, lead,
and shape what comes next.