型破りなゴルフで周囲を魅了する少女、大井とんぼ。
父の形見の3番アイアン1本で既存の常識を飛び越える天才の、
常識にとらわれない生き方の原点とは。

鹿児島県、トカラ列島のある離島に、父の形見である「3番アイアン」で、曲芸のような打球を自由自在に繰り出す一人の少女がいました。

名前は、大井とんぼ。

幼い頃に両親を亡くした悲しみを抱えながらも、島の温かな大人たちに囲まれ、大自然を庭のようにして育った彼女のゴルフは、既存の理論や常識を軽々と飛び越えます。風を読み、地形を味方につけ、魔法のようなショットで次々と周囲を魅了。そして島にやってきた元プロゴルファー・五十嵐一賀との運命的な出会いで競技ゴルフの楽しさに目覚め、「外の世界」へと羽ばたきました。

大人へと成長していく過程で、彼女は何を失い、何を見つけたのか――。大人気漫画「オーイ!とんぼ」のヒロインが、瑞々しい人間観、ゴルフ観、そして大切な人たちへの想いを余すことなく語り尽くしてくれました。(内田 勝治=ライター)

父の形見である3番アイアンが「最高の遊び道具」

――本日はよろしくお願いします。とんぼさんは、祖父のゴンじい(大井権三)に引き取られてトカラ列島の「火之島」で育ったんですよね。どんな幼少期を過ごしましたか?

大井とんぼ(以下、とんぼ):よろしくお願いします! えへへ、ちょっと照れるな。島での生活は最高でした。最初に来た時は、お父さんとお母さんがいなくてすごく寂しかったけど、ゴンじいにセツばあ(満島セツ)、十島村職員のブンペイ(文平理)に島の小学生のワタル(肥後亘)…。みんながいつも声をかけてくれたから、すぐになじむことができました。毎日、島の海と山を走り回って、ゴルフ場で泥だらけになって遊んでいたんです。あの環境があったから、今の私があるんだなって思います。

――とんぼさんにとってご両親はどんな存在でしたか?

とんぼ:それはもう、すごく優しい2人でした。特にお母さんは、ちっちゃい頃の私にとって一番甘えられる存在だった。ルーツはトカラにあるってお父さんから聞いていたけど、まさか自分が島で暮らして、こんなにゴルフに夢中になるなんて思わなかっただろうな。

――そんなお父さんの形見である「3番アイアン」1本でゴルフを始めたんですよね?

とんぼ:3鉄は、お父さんが残してくれた唯一のクラブ。島に来てから今に至るまで、肌身離さずずっと一緒に過ごしてきた「相棒」です。最高の遊び道具だし、もう自分の「分身」みたいなもの。メンテナンスっていっても、泥がついたら拭くくらいで、サビもあるし傷だらけでボロボロ…。でも、一番長い時間を一緒に過ごしてきたから、どんな高性能なクラブより信頼できるんです。

「知らない世界を知る楽しさ」が島を出る勇気をくれた

――中学3年生の時に、元プロの五十嵐さんが島に来ました。彼がとんぼさんのゴルフを見て「すごい」と言ってくれた時、どう思いましたか?

とんぼ:すっごく嬉しかった! 島のみんなも褒めてくれてたけど、イガイガは私が見たこともないような迫力のある球を打つ、段違いにうまい人だったから。そんなプロの人に自分のゴルフを認めてもらえたのは、自分という人間を丸ごと肯定してもらったような、そんな不思議な安心感がありました。

――あんなに島を出るのを嫌がっていたとんぼさんが、ついに外の世界へ行く決心をした最大の理由は何だったんですか?

とんぼ:きっかけは、つぶら(安谷屋円)との出会いかな。同い年なのに、自分の目標をまっすぐ見つめて一歩ずつ歩いているつぶらを見て、「私はどこに向かっているんだろう?」って初めて将来のことを考えたんです。

 あとは、同じトカラ列島の悪礫(あくれき)島で、クタさんが作ったコースのグリーンの速さを体験して、「知らない世界を知るってこんなに楽しいんだ!」ってワクワクが止まらなくなっちゃいました。そのクタさんが「お前の人生だ。お前が主人公なんだ。お前がお前の物語を紡ぎ出していくんだ」って、今の暮らしも、新しい挑戦も、全部肯定して背中を押してくれたから、島を出る勇気が持てました。

――熊本の高校に入学してからは安谷屋円さんや、1学年先輩の音羽ひのきさんら強いライバルたちが登場しました。

とんぼ:「ライバル」とか「敵」って思ったことないんです。勝ち負けを争う相手っていうより、今まで見たことのない世界を見せてくれる人たちなんです。もちろん試合で負けたら悔しいし、全力で勝負するのは楽しいけど、「相手がミスすればいい」なんて一度も思ったことはありません。みんなと一緒に競い合って、もっとゴルフがうまくなりたい。それだけなんです。

イガイガからの金言「ゴルフで大切なのはいつだって“次”だ」

――初めての試合となる九州女子選手権では7本のクラブで臨んで優勝しました。どうやって選んだんですか?

とんぼ:実は自分から「これが欲しい」って言ったわけじゃなくて、全部プレゼントされて増えていったんです(笑)。イガイガが1W(ドライバー)とウエッジ、つぶらが5W(クリーク)、くまもと中央CCの中瀬支配人が9鉄、武蔵塚ゴルフ練習場オーナーの有働九五郎さんが6鉄をくれて…。クタさんからは「競技には必要」とパターをもらいました。実は今でも「3鉄で充分打てるのにな」って思っちゃう時があります(笑)。一番長い時間を共有してきたクラブだから、プレッシャーがかかる時ほど使いたくなっちゃうんですよね。

――緊張を感じた際、どうやって克服しますか?

とんぼ:プレッシャーからの「脱出法」なんてないですよ。実は九州女子選手権では自分にプレッシャーがかかっていることにも気づいていなかったんです。ただ、その時キャディを務めてくれた研修生の西さんが「正面から受け止めないとダメだ」と言ってくれて、そこから、緊張していることを認めた上で、その中で自分に何ができるんだろうという思いになったんです。手が震えてきたら、震えたまま打つことだって別に悪いことじゃありません。プレッシャーがかかった中でゴルフをする面白さをその時初めて知りました。

――五十嵐さんの教えで、特に大切にしている言葉はありますか?

とんぼ:う~ん、いっぱいあるけど、一番は「ゴルフで大切なのはいつだって“次”だ」って言葉かな。どんなに失敗しても、後ろを振り返ってばかりじゃミスは消せません。あとは、「いいゴルファーが必ず持っているものがある。ガッツだよ」という言葉。悪い時こそ、ゴルファーの真価が問われる。その教えが、私の胸にはずっと残っています。

――とんぼさんにとって理想のキャディさんとは?

とんぼ:難しいなあ。私はキャディさんを「自分の味方」としては100%信頼しているけど、「自分のゴルフを任せる相手」としては見ていないかもしれません。だって、打つのは私自身だから。でも、イガイガだけは特別かな。あんなに私のことを守ろうとしてくれて、私の知らない外の世界を教えてくれた。周りがイガイガのことをいろいろ言っても、私は本当のイガイガを知っている。あんなに100%信頼できる味方は、後にも先にもイガイガしかいないって思っています。

亡き大切な人たちとの約束…もっと高く、ワクワクする方へ

――大好きだったゴンじいやワタルが亡くなった事実をどう捉えていたのでしょうか?

とんぼ:ゴルフに熱中して寂しさを埋めよう、なんて気持ちはありません。ゴンじいは最期まで一生懸命生きた人だし、ワタルも必死になってゴルフの練習に打ち込んでいた。だから、次は私の番。ゴンじいに負けないよう一生懸命に生きて、ワタルがやりたかったゴルフをできる限り精一杯やる。ゴルフができるだけで幸せなんだから。ゴンじいとワタルに恥ずかしくない生き方をする。それが私の決心です。

――世界という大きな舞台を経験して、今の目標は何ですか? プロ転向についても気になるところです。

とんぼ:目標…う~ん、実は「プロになりたい」とか、そういうカチッとした目標ってあんまり持っていないんです。ただ、大好きなゴルフをもっと突き詰めたい。もっとうまくなりたい。プロになるのがゴールじゃなくて、もっとゴルフを追求した先にどんな世界が広がっているんだろう、って、そっちの方が楽しみなんです。今の私はただ「もっとゴルフでいろんな世界を見てみたい」っていう好奇心の方が強いかな。

――ご自身で、自分の「欠点」や「足りない部分」をどう補おうと考えていますか?

とんぼ:足りないところ? うーん、あんまり考えたことないです(笑)。私は「弱点を克服しよう」って考えるより、「得意なものをもっと伸ばそう」って考えるタイプ。3鉄の精度を上げたり、ウエッジでもっといろんなことができるようになったり、自分がワクワクする方にエネルギーを使いたいです。

――同級生や他の選手に、とんぼさんからアドバイスを送ることはありますか?

とんぼ:自分から教えることはないけど、聞かれたら答えます。「どうやって右に曲げてるの?」とか聞かれたら、「私はこう打ってるよ」って説明する。それを聞いてその子が打てるようになったら、それはそれで面白いなって思います。

――最後に挑戦を迷っている人がいたら、とんぼさんならどんな声をかけますか?

とんぼ:「あれをしちゃいけない」「これをしちゃダメだ」ってよく言われるけど、本当は何をしてもいいんじゃないかな。右に曲がっても左に曲がっても、最後はグーンと上昇してグリーンオン! そんな球を想像するだけでワクワクするでしょ? 自分の物語の主人公は自分しかいないんだから。思いっきり羽ばたいて、楽しんでいいんだよって伝えてあげたいです。

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