日本発のエンターテインメントIPを世界へ届ける宇悦。
異なる分野で成果を重ねた3名が集結し、唯一無二の表現に挑む。
個のエゴを超え、演出力で日本の眠れる文化資源を再び光で照らし出す。
日本各地に眠る文化資源や歴史、独自の美意識を、世界基準のエンターテインメントIPへと昇華させるクリエイティブカンパニー、株式会社宇悦(東京都港区)。社名は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)を岩戸から連れ出し世界に光を取り戻した日本初の踊り子・天宇受売命(あめのうずめのみこと)に由来する。演出の力で日本を再び明るく照らし出すことを使命に掲げる。
舵を取るのは、日本人として初めてミラノ・スカラ座主催の演出コンクール決勝に進出した元バレリーナであり、事業家としても実績を持つ下地優子(しもじ・ゆうこ)氏(代表取締役)。そこへ、一級建築士の知見をベースに空間の概念を拡張する原良輔(はら・りょうすけ)氏(取締役・空間ディレクター)、アーティスティックスイミング(AS)日本代表やシルク・ドゥ・ソレイユ「O」のパフォーマーとして活躍した杉山美紗(すぎやま・みさ)氏(取締役・パフォーマンスディレクター)という、全く異なる領域で成果を重ねてきたプロフェッショナルが結集した。表現とビジネスを高次元で融合させる3氏の思想と、新時代を切り拓くビジョンに迫る。(内田勝治=ライター)
元バレリーナの下地優子氏が設立――事業家からクリエイティブの世界へ
――下地さんにお伺いします。2026年2月に設立した宇悦の活動内容から教えてください。
下地優子氏(以下、下地氏): 私たちは「日本発のエンターテインメントIPを世界へ創出する」という目的を掲げて活動しています。大きく分けて、2つの事業軸があります。
1つは「UZETSU」。和太鼓・現代舞踊・エアリアルを融合させたノンバーバル(非言語)エンターテインメントです。アイルランドにはケルトの伝統舞踊を昇華させた「リバーダンス」が、韓国にはサムルノリのリズムから生まれた「NANTA」があります。いずれも自国の文化を、言語の壁を越えて世界中をツアーできるエンターテインメントへと磨き上げた先例です。UZETSUは、その日本版をつくり、世界ツアーが可能なパッケージとして海外へ届けていく活動です。
もう1つは「UZETSU presents」。私たちがクリエイティブで培った知見を活かし、観光庁や文化庁などの地方創生の文脈と連動しながら、日本の眠れる文化資源——神社仏閣といったベニューや伝統工芸、さらには美意識や精神性といった、そのままでは商材化が難しいもの——を、体験型コンテンツへと昇華させる取り組みです。現在は愛媛県松山市の道後温泉などで、その土地の美意識や精神性を掘り下げた企画が進行しています。
――「宇悦(UZETSU)」という独特な社名の由来をお聞かせください。
下地氏: 2025年の「東京クリエイティブサロン」でプロトタイプ作品を発表した際のタイトルが、英字の「UZETSU」でした。由来は日本神話の天宇受売命です。太陽の神・天照大御神が岩戸に隠れて世界が暗闇に包まれた際、自ら楽しく踊ることで八百万の神々を大騒ぎさせ、世界に再び光を取り戻した日本初の踊り子です。私たちも文化芸術を通じて日本を再び明るく照らしたい、という使命を込めました。「宇」は宇受売命から、「悦」は論語の冒頭にある「自らの内側から湧き出る能動的な喜び」を意味する漢字を当て、独自の読みとして「宇悦」と命名しました。
――海外でプロダンサーとして活躍された後、ビジネスの世界へ転身し、宇悦を設立するに至った背景を教えてください。
下地氏: 帰国後、クリエイティブとは無関係の分野で小さな事業売却を経験しました。その際、「世の中の役に立つために、自分が果たすべき使命は何か」を深く突き詰めた時期があったんです。そんな折、富士山麓エリアの観光コンテンツを創出する事業に専門家として関わりました。そこで日本のコンテンツが「侍」や「忍者」といった記号として、表面的に消費されていることを目の当たりにしました。その土地本来の精神性や歴史を深く掘り下げ、演出やパフォーマンスとして表現することに確かな価値があると直感し、今の事業形態へと辿り着きました。
ただ、日本の伝統や歴史をエンターテインメントへ落とし込む際、単なる「古風な演出」に陥らないために、形だけを模倣する「表層の和風」を徹底して排除することを心がけています。例えば太鼓の音一つにしても、なぜそのリズムが神社で打ち鳴らされてきたのか、その背景にある信仰や人々の願いという「本質の感情」まで掘り下げます。そのうえで、現代の照明技術やコンテンポラリーな身体表現といった最先端の表現手法と掛け合わせる。古来の精神という「芯」がぶれていなければ、どれほど斬新な演出を加えても決して安っぽくはなりません。伝統を守ることと、新しく創造することは両立可能だと考えています。
「精神が悲鳴を上げてからが本番」――限界を超える表現者としての覚悟
――バレエやモダンダンスを修めてこられた表現者としての歩みが、ビジネスや演出の軸にどのように生きていますか。
下地氏: ダンサー時代の「精神が悲鳴を上げてからが本番」というマインドセットが大きいです。恩師から「肉体が限界を迎える前に、精神が先に悲鳴を上げる。そこからどれだけ自分を追い込めるかが結果につながる」という教育を受けてきました。ビジネスでも諦めそうになった時、「ここからが本番だ」と踏み留まる力になっています。
――日本の芸術環境に対して、どのような課題意識をお持ちですか。
下地氏: 国や行政の支援を含め、日本は世界的に見ても挑戦しやすい、非常に恵まれた環境が整っています。失敗しても命まで取られないサポーティブな環境がある。だからこそ私たちは、支援を受ける立場に留まらず、「自分たちの表現でこの国や世界に何をもたらすか」を能動的に問い続けたいと考えています。環境を言い訳にしない発想を持つ人を増やすことも、私たちが取り組むべきテーマです。
表現者はエゴが強くなりがちですが、宇悦では「自分の才能を社会や作品、この世界のためにどう生かすか」を最優先にします。個人のエゴを超えた目標を共有することで、強いリーダーシップで引っ張らなくても、全員が同じベクトルで突き進むことができます。今後AIがデジタルコンテンツを大量生産する時代になっても、血の通った人間だからこそ生み出せる心拍数と熱量を持った、生のパフォーマンスの価値を追求し続けていきます。
――共に役員を務める原さん、杉山さんの存在をどのように捉えていますか。
下地氏: 原さんは、演出家である私と密な美的感覚を共有し、私の抽象的な意図を現実の空間へ落とし込める稀有な存在です。杉山さんは、エンターテインメントの頂点で戦ってきた経験と、スタジオの空気を一瞬で明るくしチームをまとめる圧倒的な人間力を持っています。2人とも建築家やアスリートとして限界まで自分を追い込んできた経験があり、仕事に対する高い基準値が最初から一致していることが最大の強みです。
一級建築士の原良輔氏が参画――下地氏の描くビジョンに受けた衝撃
――続いて原さんにお伺いします。宇悦の取締役に就任された決定的な決め手は何だったのでしょうか。
原良輔氏(以下、原氏): 最初は宇悦の初期作品を観客として拝見し、その後に劇場版として完全版を作るというタイミングで、舞台美術としてオファーを受けたのがきっかけでした。制作を共にする中で、下地から事業のロードマップや目指すビジョンを聞き、大きな衝撃を受けました。当時の私は、狭い世界で満足しがちな舞台業界のスケール感に課題を感じていましたが、下地の示すビジョンになら、これまでにない世界を見られると確信し、ジョインを決意しました。
もともと建築を背景としてずっとやってきて、舞台と関わるのは遅かったのですが、舞台美術の面白さを感じ始めていた時期に下地と出会いました。一般的な建築は建築家の構想が頂点に立ちがちですが、舞台は演出家やパフォーマーといった他者の感性と密に交差しながら空間を組み上げていきます。下地は空間に対する感性が非常に高く、共に制作する中で互いの美的感覚が共鳴する手応えがあります。劇場という「黒い箱」の中に架空の世界を作るだけでなく、街や周囲のアーティストを巻き込み、その土地の建築や日常の中に一瞬の非日常を出現させるのが本当に楽しいです。
――建築という「永続的な構造物」と、舞台という「一瞬の儚い空間」。この対極にある二つを結びつける空間ディレクションの難しさと面白さはどこにありますか。
原氏: 建築は数十年、数百年残ることを前提に強度や機能を設計しますが、舞台空間はたった数十分、数時間で消えてなくなる「体験」です。しかし、観客の記憶に残る時間の密度という意味では、どちらも同等の価値があります。形として残らないからこそ、その一瞬でどれだけ人の感情を揺さぶり、光や影、距離感によって「その場にしか存在しない空気」を構築できるか。建築で培った構造的アプローチを舞台の流動的な空間に応用することに、大きな手応えを感じています。
――空間デザインを通じて、日本の文化芸術の景色をどのように変えていきたいですか。
原氏: 作家が作って満足する「内輪受け」で終わるのではなく、プロモーションやビジネス的な視点も含めて傑作を創り出し、適正な経済的評価を得る流れを作りたいです。ジブリ作品のように、名作と呼ばれるものが多くの人の生きる糧となる。そのためには、作品を多くの人に届ける努力や構造改革が必要です。良い作品を生み出し、正当に評価され、スケールアップしていく循環を作ることで、日本の舞台・文化芸術全体を盛り上げていきたいと考えています。
――原さんにとって、下地さん、杉山さんという仲間はどのような存在でしょうか。
原氏: バックグラウンドが全く異なる3人だからこそ、互いの見ている世界にリスペクトと強烈な刺激があります。ダンスと哲学を横断する下地、アスリートとしての頂点を知る杉山、そして建築をベースにする私。この異なる視点が交差するからこそ、他のチームには絶対に不可能な化学反応を起こせると感じています。自分の想像を超える視点と対峙できる環境は、非常に魅力的です。
AS元日本代表・杉山美紗氏の知見――シルク・ドゥ・ソレイユで得た「勝算」
――最後に杉山さんへお伺いします。宇悦への参画を決めた最大の理由は何だったのでしょうか。
杉山美紗氏(以下、杉山氏): 下地が創り出す作品に心底惚れ込んだことがすべてです。私は小さい頃からシルク・ドゥ・ソレイユに憧れ、アーティスティックスイミング(AS)日本代表を経てパフォーマーの夢を叶えました。シルクの作品がそうであるように、下地の作る世界観には動作一つひとつに深い意味と探究心があり、観る者の好奇心を刺激する圧倒的な力がありました。この作品の魅力をより多くの人へ届けるために、自分の経験をすべて注ぎ込みたいと強く思いました。
――AS日本代表での過酷な日々やシルク・ドゥ・ソレイユでの経験は、現在のキャスティングやディレクションにどう生きていますか。
杉山氏: 日本代表の頃は大学生だったのですが、1日10時間から15時間も水に入り、限界を超えるトレーニングを重ねてきました。そうした妥協のない基準を知っているからこそ、下地の頭の中にある世界観を表現し切れる本物のパフォーマーを見極めることができます。単なる技術の誇示ではなく、下地の描く物語の思想を体現できるキャスティングを意識しています。和太鼓とダンスが互いに喰らいつくような凄まじいエネルギーの衝突は、本物の演者同士でしか生まれません。
世界最高峰のショービジネスの現場を体験して痛感したのは、「技術の高さだけでは観客の心を動かせない」ということです。観客が最後に涙を流し、スタンディングオベーションを送るのは、表現の奥にある「ストーリー」と「演者の人間の底力」に触れた時です。宇悦のパフォーマンスには、日本の伝統思想に裏打ちされた深いストーリーと、限界を超えて磨き抜かれた演者の精神性が宿っています。この「思想と身体性の融合」は、世界のどのエンターテインメントにも負けない絶対的な強みであり、勝算です。
――アスリートから起業家・パフォーマンスディレクターへの転身を経て、ご自身の表現に対する意識はどう変化しましたか。
杉山氏: かつては自己表現や自己実現に意識が向いていました。しかし宇悦で哲学やビジネスの視点を学ぶ中で、「自分が持つ技術や経験を、社会や作品のためにどう還元できるか」という視点へ劇的にシフトしました。自分を超えた社会課題解決や文化創出という大きな軸ができたことで、表現者としてもディレクターとしてもブレなくなりました。
下地、原ともに年下なのですが、前提として互いを深くリスペクトしており、本気でぶつかり合える強い絆があります。バカな話で笑い合いながらも、作品に対しては高みを目指して一切妥協しません。今後は「日本の文化を世界へ」という大きなベクトルをさらに太く鋭く研ぎ澄まし、チーム全体のエネルギーを集中させて、世界を驚かせる唯一無二の存在へと成長させていきたいと思っています。
――最後に下地さんへ伺います。人生の大きな転機において、新しい一歩を踏み出す決断に迷っている人々に向けてエールをお願いします。
下地氏: 「諦めずに続けていれば、そのうち成功するから」と優しい言葉をかける必要がある場面もあると思います。ただ私は以前、ある人に「それは他責なんじゃないか」と言われ、頭を殴られたような衝撃を受けたことがきっかけで今があります。その時は少し凹みましたけど、パラダイムシフト(常識や価値観が根本から覆る変化)が起きることも、その人にとって大切なことなのかもしれません。うまくいかない理由を他人や環境に預けてしまえば、自分が今日変えられることから目を逸らせてしまう。他責ではなく自責として、自分の人生としっかり向き合えば、自ずといい結果に繋がるのではないでしょうか。