Bリーグとバスケ協会のトップを兼務する島田慎二氏。
百年の歴史で初の「二刀流」が変革を加速させている。
club 361°のファウンディングパートナーとして、次世代リーダーに抱く強い思いを語った。

360度(全方位)に、「たった1度」の新しい視点を加えることで、既存の枠組みを超えた未来を再定義するプラットフォーム『club 361°』。このプロジェクトの旗揚げにあたり、公益財団法人日本バスケットボール協会(JBA)会長であり、B.LEAGUE(Bリーグ)チェアマンである島田慎二氏が「ファウンダーパートナー」として参画することが決まりました。

島田氏は2025年9月、日本スポーツ界の歴史を塗り替える決断を下しました。JBA会長とBリーグチェアマンの兼務。百年の歴史の中で初となる「二刀流トップ」の誕生です。

なぜ、多忙を極める島田氏がこのプロジェクトに身を投じるのか。彼が抱く「旧態依然とした組織への危機感」と、その先に描く「地方創生の青写真」、そして次世代の「挑戦のかたち」を深掘りしました。(内田 勝治=ライター)

日本スポーツ界「百年の沈黙」を破る二刀流の覚悟

―― 2025年9月に日本バスケットボール協会の会長に就任されました。Bリーグチェアマンとの「二刀流」がもたらすインパクトをどう捉えていますか?

島田慎二氏(以下、島田氏):実はこの兼務は、日本のメジャースポーツ界における百年の歴史で初めてのことなんです。世界的に見ても、極めてレアなガバナンス形態と言えるでしょう。これまでは、競技を統括する「協会」と、プロ興行を担う「リーグ」というのは、役割も違えば時に利益相反も起こりうる関係で、別々に動くのが当たり前でした。

 しかし、意思決定のスピードを極限まで高め、DX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させ、日本代表の強化とリーグの熱狂を連動させてマネタイズを最大化するには、この統合が必要だと判断しました。

 何より、アスリート以外の、ビジネスの世界から来た人間が協会のトップに立つのも珍しいケースです。これまでのスタンダードは、競技に精通したレジェンドがトップに座り、実務を事務局が支えるという形でした。しかし、それでは「競技の論理」が先行し、社会的な価値やビジネス的な持続可能性が後回しになりがちです。私がトップマネジメントに入ることで、アスリートでは成し得ない「スポーツビジネスとしての飛躍」を証明したいと考えています。死ぬほど忙しくなるのは分かっていますが、これは私にしかできない役割であり、「やるしかない」という覚悟です。

――島田さんを突き動かすエネルギーの根源について伺わせてください。

島田氏:はっきり言えば、それは「怒り」に近い感情ですね。私がスポーツの世界に入って驚いたのは、あまりにも「善意という名の甘え」がまん延していたことです。「バスケが好きだから」「子供たちのために」という言葉は美しいですが、それを免罪符にして、稼ぐ努力を怠り、補助金に頼り、変化を拒む。お金がないことを理由に新しいチャレンジを諦めることが美徳のように語られる文化に、猛烈な危機感を覚えました。

 稼ぐ努力もせずに「仕方ない」と諦め、外から新しい風が吹くと「自分たちの居場所がなくなる」と足を引っ張る。これはバスケ界に限らず、日本社会全体が抱える縮図かもしれません。私は、こうした停滞した空気をぶち壊したい。当然、既存の枠組みで利益を得ていた方々からの反発は凄まじいですよ。SNSで叩かれたり、面と向かって文句を言われることも日常茶飯事です。

 でも、私は嫌われ役を承知でこの場所にいます。25歳で起業してから30年間、常に「やばい状況」の現場に身を置いてきました。怒りだけでは空回りしますが、それを「覚悟」に昇華させ、誰よりも働いて圧倒的な実利(結果)を出す。そうすれば、反対していた人たちも黙り、やがて信頼へと変わっていく。そのプロセスの先にしか、本当の変革はないんです。私が嫌いなのは「不純物」です。保身や見栄といった経営の本質を濁らせるものを、徹底的に排除したい。

―― 30代後半に会社を売却し、一度ビジネスから離れています。そこからなぜスポーツ界に足を踏み入れることになったのですか。

島田氏:25歳でコンサルティングの会社を起業し、がむしゃらに働いて38歳の時に会社を売却しました。当時はもう一生分働いたという感覚で、ビジネスからはいったん「卒業」するつもりでした。それから2年間、仕事を一切せずに、娘を連れてモンゴルで1日中馬に乗ったり、世界中を放浪していました。完全に隠居モードだったんです(笑)。

 ところが、そんな私をかつて応援してくれた恩人から、「千葉ジェッツというチームを作ったが、倒産寸前で大変なことになっている。経営を見てくれないか」と連絡がありました。最初は月1回の会議に出る程度のアドバイザーとして手伝い始めましたが、現場に行くとあまりにも悲惨な状況でした。選手の給料が遅れ、スタッフは疲弊し、試合会場には活気が全くない。

 私は「ご縁」と「やばい状況」に弱いんです。気がついたら毎日現場に通うようになり、代表取締役に就任していました。そこからスポンサーを1件ずつ回り、地元の信頼を勝ち取り、千葉ジェッツを日本一のクラブへと再生させました。そこでの経験が、今のチェアマンとしての私のOS(基本ソフトウエア)になっています。再建の現場は常に孤独です。誰も助けてくれない、お金もない。その「極北」の状態からどうやって光を見出すか。それを学んだ時期でした。

稲盛和夫の「利他」と川淵三郎の「開拓」

―― 島田さんの経営哲学に多大な影響を与えた人物はどなたでしょうか?

島田氏:30代で経営に悩み、社員との関係に苦しんでいた時期、私を救ってくれたのが稲盛和夫さん(京セラ名誉会長)の「盛和塾」でした。それまでは「自分がどれだけ稼ぐか」「どれだけ大きな会社にするか」という自己中心的な野心ばかりでしたが、稲盛さんから「人間として何が正しいか」「従業員の物心両面の幸福」という、経営の根幹にあるべき「利他の心」を叩き込まれました。これがなければ、今の私はありません。

 そしてもう一人は川淵三郎さん(JBA元会長)です。バスケ改革の際、側でそのエネルギーを目の当たりにしました。危機感を持って、旧態依然としたものをぶっ壊していく。あの凄まじい「開拓」の姿勢。稲盛さんから「経営の哲学」を学び、川淵さんから「改革のエネルギー」を受け取った。その経験が、今の私の背中を強力に押しています。私に回ってきたバトンを、次の世代にどう繋ぐか。それが今の私のすべてです。

―― 島田さんが特に注力したいテーマとして「地方創生」があります。スポーツが地方を変える具体像をどう描いていますか?

島田氏:今の地方に必要なのは、単なる箱モノや補助金ではなく「希望の可視化」です。多くの地域で人口減少が進み、「私たちの街には何もない」「もうダメだ」というネガティブなマインドセットが定着してしまっている。そこに、世界基準のアリーナを作り、毎週末、何千、何万人という人が熱狂するエンターテインメントを投下する。

 アリーナは単なる建物ではありません。そこに行けばワクワクし、家族と笑い、地元のチームを誇らしく思える。「私たちの街にはこれがあるんだ」という強烈な「シビックプライド(都市への誇り)」を生み出す「感情のインフラ」なんです。街が明るくなれば、若者も戻ってくるし、地元の企業も元気になります。スポーツというツールを使って、地域のポテンシャルを可視化し、住民の意識をポジティブに書き換える。地方創生とは、経済の活性化であると同時に、人々の「魂の再生」であるべきだと私は考えています。

―― 経営再建の名手として知られる島田さんにとっての「失敗」とは何でしょうか?また、それをどう乗り越えてきたのですか?

島田氏:私の人生は失敗の連続です。25歳で起業した時も、最初は鳴かず飛ばずで借金だらけでした。そこで学んだのは、「失敗の8割は準備不足からくる」ということです。何かを成し遂げようとする時、どれだけ緻密にリスクを想定し、プランB、プランCを用意できているか。

 千葉ジェッツの時もBリーグの時も、私は常に最悪のシナリオを想定して準備をしてきました。準備が100%できていれば、たとえ予想外の事態が起きても、それは「失敗」ではなく「調整可能な課題」になります。今の若い経営者を見ていると、勢いはあっても準備が甘いと感じることが多い。「想定外でした」というのは、経営者としての怠慢です。「club 361°」では、そうした「勝つための準備の流儀」も伝えていきたいですね。

「信用」こそが、全てのビジネスのOSである

――「club 361°」に集う次世代のリーダーや若手経営者たちに最も伝えたい「成功の鉄則」は何ですか?

島田氏:どんなに斬新なビジネスモデルも、高度なテクノロジーも、最後は「人間としての信用」がなければ機能しません。私は若い人たちに、耳にタコができるほど言いたいことがあります。「約束を守る」「挨拶をしっかりする」「メールは即座にレスポンスする」。そんな、誰でもできるはずの「当たり前のこと」を、誰にも負けないストイックさでやり抜く。これが全てです。

 私の周りで成功している経営者は、例外なくレスが速い。それは、相手の時間を尊重している証拠であり、それが「信用」に直結することを知っているからです。信用が積み重なれば、いざという時に大きなチャンスが舞い込み、誰かが助けてくれる。信用こそが、全てのビジネス、全ての人生を動かすOSなんです。「club 361°」は、そうした本質を理解し、お互いを高め合える「純度の高い熱量」を持った場所であってほしいと願っています。

 私は、不純物が嫌いなんです。見栄、プライド、保身、そういった「経営の本質」から遠いものを削ぎ落とし、本質に向き合う。「club 361°」に参加する皆さんとも、そうした「裸の付き合い」をしたいと思っています。私がファウンダーパートナーとして加わるからには、単なる仲良しクラブにするつもりはありません。お互いに厳しいことを言い合い、切磋琢磨し、本気で社会を変えようとする。そんな「道場」のような場にしたい。

 「361度」というのは、既成概念という360度の外側にある、たった1度の視点。でもその「1度」が、数年後の景色を劇的に変えます。私は自分の30年間のキャリアで得た知見、そして国内外の強力なネットワークを、この場所には惜しみなく投下します。 それは、私自身が次の時代を作るリーダーたちの「踏み台」になりたいと思っているからです。私が培ってきたものが、皆さんの情熱と組み合わさった時、日本の地方は、そしてスポーツ界は劇的に変わると確信しています。

――これからの激動の時代を生き抜く人々へ、メッセージをお願いします。

島田氏:旗を立てない者に、結果が出ることは絶対にありません。批判を恐れて様子を伺い、誰かが作った道を行くのは楽ですが、そこには「自分だけの未来」はありません。たとえ向かい風が強くても、自分が信じる場所に旗を立てる。そこから全てが動き出します。

 不器用でもいい、最初は小さくてもいい。自分の意志で一歩踏み出すこと。その「たった1度」の勇気が、360度の退屈な日常を、361度の輝く未来に変えるんです。皆さんがこの場所で新しい旗を立て、世界を動かしていくことを楽しみにしています。私も、ファウンダーパートナーとして、本気で伴走させていただきます。共に、新しい景色を見に行きましょう。

TRENDING
TOP 10

A curated selection of our top 10 interviews, featuring thoughtful conversations with
leaders across industries. From defining moments and critical decisions to future
visions and strategies, each story offers valuable insights into how they think, lead,
and shape what comes next.