教員免許を手にPR会社で営業を極めた岡内大晟氏。
社会の現実を知り28歳で理想の青楓館高等学院の創設に踏み切った。
教師の待遇改善とAI時代の「愛され力」を追求する真意とは。

「学校と社会には、あまりにも大きなギャップがある」——。誰もが感じながらも、変えられなかったこの現実に、一人の若き教育者が挑んでいます。兵庫県明石市に拠点を置く青楓館(せいふうかん)高等学院の代表・岡内大晟(おかうち・たいせい)氏です。

岡内氏は教育者家系に生まれながらも、あえて最初のキャリアに「日本一営業が難しい」と考えたPR会社を選びました。「何を言うかより、誰が言うか」が重視される教育の世界で、自らの市場価値を証明するためです。その後、AO入試(総合型選抜)専門塾での経験などを経て、28歳の若さで青楓館を設立しました。

青楓館が掲げるのは、一律の答えを求めるのではなく、個々の強みを引き出す「右向け左」の個性教育です。不登校や発達障害など、既存の教育システムで「マイナス」とされた経験を持つ生徒たちが、週に一度の1on1や実社会と繋がるPBL(課題解決型学習)を通じて、みるみるうちに自信を取り戻し、海外大学や難関大学、アーティストデビューといった驚くべき「出口」へと羽ばたいています。

「教育者は背中で語らなければならない」と語り、学校経営に人生を懸ける岡内氏。既存の教育のタブーを打ち破り、子どもたちの未来を切り拓くその哲学と、圧倒的な行動力の源泉に迫ります。

「社会を知らないのに何を教えられるのか」—教員免許を手にPR会社へ入社

――岡内さんは教育一家のご出身だそうですね。

岡内大晟氏(以下、岡内氏):母方は代々教師の家系で、祖父は高校の校長、母は幼稚園の園長を務めていました。幼い頃から「岡内先生のところのお子さんね」という目で見られて育ちましたし、自分自身も将来は先生になるもんだと疑わずに生きてきました。大学でも教育実習に行き、高校の体育教員免許を取りました。

 ただ、教育実習で決定的な違和感を覚えたんです。「社会のことを何も知らない私が、これから社会に出ていく高校生に何を教えられるんだろう」と。もちろん現場の先生方を否定するつもりはありませんが、私はこのまま教壇に立つのは違うなと思いました。

 また、教育の世界は「何を言うか」以上に「誰が言うか」が問われる世界です。生徒に響く言葉を持つためには、自分自身の市場価値を上げなければならない。そう考えたとき、安直かもしれませんが「営業で一番になれば勝てる」と思ったんです。関西大出身の私は、東大や早慶の連中に学歴で挑んでも勝てないかもしれない。でも、営業の数字なら絶対に勝てるなと思いました。そこで、主観ですが、日本で一番営業が難しいと感じたPR会社に飛び込みました。

 入社してからは、とにかく営業活動に明け暮れました。そこで痛感したのは、社会を動かしているのは「右向け右」と言われて左を向いてしまうような、強い個性を持った人たちだということです。社長営業を通じて、そのエネルギーが社会を作っていることを痛いほど知りました。

 一方で、今の日本の教育現場は「右にならえ」で答える授業ばかり。このギャップを埋めるのは「個性教育」であり、それを形にできるのがAO入試という手段だと確信し、専門塾への転職を経て、学校設立へと動きました。

挫折経験から貯金10万円で学校創設に奔走

――28歳で学校を立ち上げるというのは、並大抵の苦労ではなかったはずです。

岡内氏:当初は40歳くらいで…と考えていたのですが、コピーライターの会社を2カ月でクビになるという挫折を味わいまして(笑)。そのとき「今すぐ起業しよう」とタガが外れたんです。学校を作った経験のある方に相談に行ったら「岡内くんならできるよ」と言われ、半分は勘違いのような勢いで走り出しました。知識がなかったからこそ、飛び込めたんだと思います。

 当時、貯金は10万円しかありませんでした(笑)。クラウドファンディングで500万円を集め、それを信用に公庫から銀行を含めて1500万円を融資してもらいました。それでも全然足りなくて、当時は役員報酬をゼロにして、僕も他の役員も食べていくために別の仕事をしながら1年半ほど耐えました。当時27歳の若者が作ろうとする学校に、誰が大事な子どもを預けたいと思うのか。その信頼をゼロから勝ち取るのが、最初の大きな壁でした。

――2023年に開校した青楓館の教育の核にあるものは何でしょうか?

岡内氏:一言で言えば「承認」です。既存の学校では、国数英理社の勉強か部活、この上位1%しか評価されません。それ以外は「普通以下」というレッテルを貼られてしまう。でも、青楓館では「笑顔がいい」「朝起きるのが得意」「誰かの話を聞くのが上手い」といった、どんな小さなことでも認め、承認します。

 象徴的なのが、高校1年生時に転校してきた不登校だった女子生徒です。彼女はシングルマザーの家庭で育ち、お金の問題などにもコンプレックスを抱えていました。転校当初は黒髪で、前髪で自分の顔を隠すほど自信がない子だったんです。ある女性起業家に会いに行った際、「どう思う?」と意見を求めただけでパニックになってしまうほどでした。

 でも青楓館で「個性を出していいんだ」と気づき、承認され続けるうちに、彼女は金髪にして派手なギャルへと激変しました。その後、文科省の「トビタテ!留学JAPAN」に応募してスリランカへ飛び、現地でインターンシップを経験。見事に優秀賞を獲り、その後、広島大学に合格したんです。教育者としてこの上ないやりがいを感じました。

 他にも、体調を崩して諦めがちになっていたのですが、商品開発のプロジェクト活動を通じてマーケティングやコンサルタントの楽しさに目覚め、最終的には「歌手になりたい」という夢を打ち明け、オーディションを突破してプロデビューした生徒もいます。才能はあるのに、既存の枠組みの中で「言えなかった」だけ。承認され、自己肯定感が戻れば、人はこれほどまでに伸びるんです。「落ちこぼれ」という言葉自体が存在しない世界線が私の理想です。

毎週の「1on1」が生徒たちの仮面を剥がしていく

――「承認」を具体化するためのカリキュラムがあるのでしょうか?

岡内氏:最も大切にしているのが、生徒と教員が毎週行う「1on1」です。通信制高校で、ここまで頻繁に1on1を仕組み化しているのは本校ぐらいでしょう。そこで交わされるのは、「勉強はどう?」なんていう表面的な話ではありません。子どもの内面、葛藤、そして「本当はどうしたいのか」という本音に向き合います。

 ただ、最初は嘘をつきますし、裏切られることもあります。でも、それが子どもなんです。既存の学校であれば「問題児」として扱われるような言動も、僕たちは「伸びしろ」として捉えます。新任教師には必ず「子どもは嘘をつく生き物だ。それでも見守り続けるのが教育者だ」と伝えています。この徹底した寄り添いがあるからこそ、子どもたちはようやく自分の「仮面」を剥がし、本来の個性を発揮し始めるんです。

――最近では著名な経営者が学校を作るケースも増えています。青楓館の違いはどこにあるとお考えですか?

岡内氏:私は経営者の皆さんがつくられる学校を素晴らしいと思っていますし、見学に行ったこともあります。ただ、決定的な違いは「経営者が作る学校」か「教育者が作る学校」かという点です。経営者が作る学校は、往々にしてエリートを集めてさらに強くする「スーパーマン育成」になりがちです。

 視察にいった1校でうちの教員陣が口を揃えて言ったのは、「子どもたちの笑顔がどこか窮屈そう」ということでした。エリート型教育は、枠から外れることを許さない詰め込みの側面がある。青楓館は不登校や発達障害、ゲーム依存など、何かしらの事情を抱えた子たちがキラキラと輝ける場所を目指しています。経営者思考だけでは、言うことを聞かない子どもたちは「なんで?」と絶望し、気持ちが持たないのではないかとすら思います。人がどう変わるかのメカニズムを理解しているか、そこが教育者か否かの分水嶺です。

「稼げない教育者」に大人の楽しさは語れない

――経営としての持続可能性についても、強いこだわりをお持ちですね。

岡内氏:教育業界にありがちなホスピタリティ精神に頼って給料はジリ貧という状況は絶対に許せません。低給料で死んだような顔をして働いている大人たちが、「大人は楽しいぞ」と言っても、子どもに響くわけがないんです。

 弁護士や医師と同じように、人の人生を扱う教師は、相応の報酬を得るべきです。青楓館では新卒の月収を30万円に設定し、中途でも年収1000万どころか、2000万、3000万円まで上げる予定でいます。教育者は、まず背中で「人生を謳歌している姿」を見せなければなりません。

 教育業界は「何を言うかより誰が言うか」の世界ですから、教員陣のレベルには徹底的にこだわります。顔が脂まみれで、目が曇った大人に教わりたい生徒はいません。自分に厳しく、社会で通用する能力を持った人間が、熱意を持って子どもに向き合う。この好循環を作ることが、日本の教育を変える最短ルートだと思っています。

――AIやテクノロジーの進化が加速する中、教育の内容も変わるべきでしょうか。

岡内氏:5年前は「これからはプログラミングだ」と言われていましたが、今はAIがコードを書く時代です。親や社会がブームに右往左往する中で、僕たちはもっと普遍的な力を重視しています。米テスラのイーロン・マスク氏が言うように、言語すらダウンロードできる時代になれば、最後に残るのは「人間らしさ」、つまり「愛され力」です。

 「愛され力」を育てるための評価軸は、資本主義・民主主義の中で答えのない問いに向き合うための「思考力」と「コミュニケーション能力」、そして「なんとかする力」。この3つを独自の評価軸で育成しています。

 そして、一番大切にしているのは「出口」です。青楓館は「進路が日本一強い」と言い切っています。もちろんAO入試はかなりの実績がありますし、海外大学162校と提携しています。進学に加え、就職にも実績があるからこそ、綺麗事ではなく「好きなことをやっていいよ」と言えるんです。

――岡内さんは現在31歳。いわゆる「ゆとり教育」世代のど真ん中ですね。

岡内氏:私たちは世の中の教育方針に右往左往され、「ゆとりはダメだった」と後から言われる不条理を経験した世代です。だからこそ、大人や国の都合で子どもたちの時間を奪うことがどれほど残酷か、身をもって知っています。

 全ての大人が「学校と社会にはギャップがある」とわかっていながら、誰も本気で変えようとしなかった。校長になるまでに30年かかる既存のシステムを待っていたら、目の前の生徒を救えません。「じゃあ僕が今、一から立ち上げたほうが早い」と思ったのが、28歳での開校に繋がった使命感の正体です。

ピボットできない覚悟「失敗したら死ぬしかない」

――最後に、岡内さんにとっての「教育における成功」を教えてください。

岡内氏:生徒が卒業したとき、あるいは10年後に、自分の選択を後悔していないことではないでしょうか。「幸せ」は点ですが、自分の決断に自信を持っている状態は一生の財産です。その確信を、青楓館で掴んでほしい。

 学校経営は他のビジネスと違い、途中で「ピボット」(事業転換)ができません。学校を潰すことは生徒の居場所を奪い、人生を否定することに繋がります。失敗したら僕は死ぬしかないという覚悟でやっています。

 兵庫県の明石から、世界トップレベルの教育を届ける。このプレッシャーを自身に掲げ、世界一の教育知識を持ち続けなければなりません。相談に来る後輩たちにも、「人生を懸ける覚悟はあるか」と説いています。教育は簡単じゃない。でも、一人の生徒が変わる瞬間に立ち会えるこの仕事には、何物にも代えがたいやりがいがある。僕は背中で、それを示し続けていきたいと思っています。

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